2007年7月 9日 (月) 写真

特別、カメラが趣味というわけではないが、シャッターチャンスが期待できるような時はカメラをぶら下げて行く。

去年の誕生日にたべごろマンマのスタッフさんに頂いたNikonのD50と名乗る奴がソレ。

僕は絵を描くので、建物やら植物やらを撮り、資料とするのが目的だ。

もちろん先日の屋久島一人旅の時も首からぶら下げて行った。

ポスターや写真集などで縄文杉というのは何度か観たことがあった。

しかし生で観るとそれは想像以上の凄み。写真とはまったく違った。

たまらずシャッターを切る僕、大きさがわかるように別の何かを入れ込んだり、色々。

東京に帰ってきて、撮った写真をパソコンに取り込みアップしてみた。

拍子抜けもいいとこだ。

違う、こんなもんじゃない。

存在感や迫力といったものがまるでない。単純に大きさも違う。

そういや写真集で観た縄文杉も、生で観た時ほどの圧倒的な感じを受けなかった。

写真に収めるという事は本当に難しいことなのだろう。

縄文杉まで普通に歩いて5時間、道中にはエキセントリックに張り巡らされた根っこ、

度肝を抜く巨大岩、しつこいくらいに振る雨とその後に現れる霧、脇を固める屋久杉、その時の温度・・・縄文杉はそれらの長。

すなわち、それらの魅力も加味されているのだろう。

ページを開いて観られる縄文杉にその本当の姿を求める事自体がナンセンスか。

技術がどれだけ進歩しても、芸術はその姿をなかなか撮らせてくれない・・・捉えさせてくれないといった方が適当か。

写真家の方はそことの勝負なんだろう。

いやはや写真の奥の深さを少しだけ垣間見れた今回でした。

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