2007年9月 7日 (金) そいつ等(ら)

2021年2月22日

こんな事を言っているからと言って、別におかしな宗教にハマっているワケではない。生まれながらに仏教、浄土真宗で、そして宗教には何の興味もない人間です。

2日前に「タイミング」という題で書かせてもらった内容に付随したお話。

どうもね・・

絵本を求めた5歳の頃の僕と、今の27歳の僕が同一人物である気がせんのです。

8歳の頃「お笑い芸人さんになりたい」と思った僕が、今の僕になっているような気がどうもせんのです。

昨日の僕とは同一人物ではあるのだけど・・その5歳や8歳、そしてお笑いスターを夢見て吉本興業の門を叩いた18歳、その区切りの時の自分が成長して今の自分になっているような気がせんのです。

「そいつら」は今も5歳のまま、8歳のまま、18歳のまま。

どこかにいて、今の僕をジッと見てるんじゃないか、そんな気がするんです。

その中、僕が絵本を描くのをやめてしまうと、5歳の僕は本当にガッカリするんだろうなと思う。「もう20年以上も待ってるよ」てな事を言いやがる。

その中、僕がお笑いを楽しんでやっていないと、8歳の僕は本当にガッカリするんだろうなと思う。「カトちゃんケンちゃんは楽しそうにやってたよ」てな事を言いやがる。

その中、僕がお笑いスターになろうとする事を諦めてしまったら、18歳の僕は本当にガッカリするんだろうなと思う。「そんな所で止まる人間に俺は今からならなアカンの」

てな事を言いやがる。

「そいつら」をガッカリさせるような事はしてはいかんのです。

たぶん皆の中にも「そいつら」はいて、電柱の隙間から皆の事をジッと見てるんです。

それで、「そうそう、それでいいんよ」とか「あ~あ、そうな事しちゃうようになっちゃうの?俺」とか言ってる。

自分が生きていく上で選択肢は色々あるけど、正解を知っているのは世論じゃなく、「そいつら」じゃないかなと僕は思う。

ずっと見てくるんですよ。「そいつら」

2007年9月

Posted by nsnkouron