2008年4月10日 (木) 漫才師であること

2021年10月23日


 

開演1時間前、僕たちは舞台に向かった。センターマイクからの眺め、まだ誰もいない400席を観て、あと1時間後に始まって、1時間半後に終わるということを考え、そして恐くなった。

KING KONG LIVE

僕は漫才で生活したいと今思ってるんだ。 いろいろあったけどね、やっぱりキングコングは漫才からスタートして、漫才にお世話になったから、だから放しちゃいけないんだと。去年から少しづつ話を進めていって、そんで今日が来た。

そしてその時間はすぐにやってきて、出囃子が鳴った。

一瞬だった。

ピカッと光って、KING KONG LIVE は終わった。

その瞬間、瞬間は確かに丁寧にやっていたハズなんだけど、今はもうほとんど覚えていない。覚えているのは3本目の漫才が終わった後に死にそうになったこと。僕はライブ全体のペースなんて考えずに漫才を作るから、あの調子の漫才を立て続けにやるのはかなり体に堪える。カロリーを使うんだ、僕達の漫才は。体力には相当自信があるほうだけど、それでも息が上がってしまって喋れる状態じゃなかった。僕達が袖にハケている間、舞台上には音楽が流れているだけで、VTRで間を埋めたりもしていない。もういいんだ、そういうの。僕達は漫才師、漫才だけの評価でいい。軽く息を整えてまた舞台へ出ていった。あとの記憶はもうない。

最後の漫才が終わって礼をした。本当に大きな拍手をもらって、頭を上げれなかった。全て出し尽くして、楽屋に帰った。会場の様子を映しているモニターから「ザッザッザッ・・」という兵隊さんの足音みたいなのが聞こえてきて、まもなくそれがお客さんの手拍子だとわかった。「いかがでしたか?」みたいな話をするつもりもなかったし、スーツを脱いだ。それでも「ザッザッザッ」という音はずっと鳴り止まなくて、お客さんは誰一人として帰らなかった。それから5分くらい経っても「ザッザッザッ」という音は小さくなることなく鳴り続けて、もう泣きそうになったから舞台へ出ていった。そこで梶原と何を喋ったか・・ここで死んでもいいとは思ったのは覚えている。僕はなんだかお客さんに申し訳ない気持ちになった。わかってるよ、僕がクソ馬鹿野郎でゴミ人間だってこと。そんなのがライブを30分で終わらして、それでも30分しかないライブを観終わったお客さんの顔は本当に優しい顔だったから、僕は申し訳ない気持ちになった。最後にもう一度だけ礼をして僕達は舞台を降りた。

サッと着替えて、車に乗り込んだ。出待ちのお客さんは5人。あいかわらずここの人気がない。車から顔を出したら、「西野、頑張れよー」と言われた。俺も頑張るから、お前も頑張れよ。ありがとう。車の中で梶原とアンケートを見た。丁寧に書いてくれていたから、くまなく全部見た。デザインの学校に入学した子のアンケートに「夢はキングコングのライブまわりのデザインをすること」と書いてあった。ありがとう、その時は助けてね。ウチのチームはすんごいのがゴロゴロいるから刺激があって面白いとおもうよ。待ってます。

窓の景色がどんどん流れて、東京についた。ライブに足を運んでくれたスタッフさんと呑みにいった。そこで「僕はもう1つか2つしかしない」と言った。あとは任せるということ。僕にできることは1つか、せいぜい2つ。そしてそこに集中することにしたんだ。せっかく周りにプロがいるんだから、あとは助けてもらう。そんな生き方に決めた。僕は器用じゃない。

ライブに来てくれた舘野さんからのメールは可愛かった。内容というよりもその行為が。だってさっき電話で話したぜ。なんでソッチが興奮冷めやらぬ感じになってんのよ。可愛いぜ、まったく。オッサンだけどね。ライブ終わりに楽屋に来てくれた袖山さんの笑顔も可愛かった。絵本描こう。

ライブに来てくれたお客さんへ。僕は芸人だから舞台の上ではなかなか言えないけど、それでもここはそういう事を言える場としているので言ってしまうと、ライブを観ていただいたとおり、僕はあんな男であんな事だけがしたい男です。それにつき合わせてしまって申し訳ない気持ちになるけど、皆みたいに上手くできないけど、30分のライブなんてどうかしていると思うけど、だけどこれからも僕は皆さんに全力でぶつかっていこうと思うんです。ちゃんと自分らしく。今は「ありがとございました」という気持ち、そして「漫才師でよかった」という気持ちです。日本中周ったら、また戻ってきますので。それではKING KONG LIVE 行ってきます。

夜中、携帯を見たら小沢さんからのメール。今度、天文台に連れてってくれるってさ。楽しみ。

星がいっぱい観れたらいいな。

2008年4月

Posted by nsnkouron