2008年4月11日 (金) 笑い声が響けば

2021年10月23日


 

「日の出アパートの青春の脚本を舞台用で書き直してくれないか?」と新田さん言われたのは確か去年の秋頃だっけかな。まぁ、その辺り。元々は短編映画の作品だったもの、それを舞台で。条件は吉本の芸人さんを起用することと、吉本の劇場神保町花月で公演するということ。

短編映画の脚本よりも、もっともっとお笑いに寄せなければいけないと思った。それは撮影現場と劇場の大きな違い、対カメラから、対お客になるわけだ。しかもそれがお笑いのお客で、しかもその演じ手がお笑い芸人ときたもんだ。芸人心理から言えば、笑いたい人が自分の目で確認できる場所にいるんだから、そりゃ笑わせたい。脚本家がお涙頂戴作品を書き、それだけじゃ不安だから芸人が強引にそこにボケやツッコミを入れてしまったら本末転倒。書き手と演じ手でベクトルが違う方向に向いてしまっているものなんぞを、お金を払って観に来ているお客さんに観せるワケにはいかない。お涙ちょうだいを否定しているわけじゃないんだ。お涙頂戴脚本に演じ手がキチンと納得できていて、何のひっかかりもなく演じれるならそれは素晴らしいと思う。とにかく大事なのは同じ方向に向かって走れているかどうか、ということ。

そんな事を考えた時に、映画版のものよりも、おっともっとお笑いに寄せようと思った。吉本の芸人で吉本の劇場だもの、この状況で僕が演じ手だったら、やっぱり「お笑いがしたい」と思うもの。最後に笑わす為の涙ならいくらでも平気だけど、涙で終わるなんて嫌だ。神保町花月のお芝居はいろいろあるけれど、笑い声が響いた方が健康的だと思うんだ。僕はそれが正しいと思うんだ。だから演じ手が強引にボケを入れなくてもキチンと成立するようなものを書こうと思った。だって、その作品がいくらスベろうが結局最後に責任を取らなきゃいかないのは演じ手だ。お客の冷たい視線を浴びなきゃいけないのは舞台上の人間なんだ。演じ手がその責任を取ってくれるんだから、だから僕は演じ手にそんな思いをさせちゃいけない、それが脚本を書く時の僕の責任だ。

本当に素晴らしいチームで、本当に素晴らしい作品になったと思う。

舞台のDVDが完成して、今僕の手元にある。皆さんの元へ届くのは2週間後。理由があって舞台に来られなかった人もいるかもしれない。そんな人の元へこのDVDが届けば僕は嬉しい。

そして笑い声が響けば僕は嬉しい。

2008年4月

Posted by nsnkouron